モノ好キ 読ミモノ

Literature

サンタさんの憂鬱

「そんなん言うてんと、そろそろ準備しましょうよ」

塞ぎ込んで一向にやる気を見せないサンタクロースに赤鼻のトナカイは言った。

「もうええやん、しんどいって」

またあの口癖が出たか、、トナカイは呆れながらも必死に説得にあたった。
COVID-19の感染拡大や安定しない世界情勢など予測しない出来事が続き、サンタさんは精神的に参っていた。簡単に言うと時代の流れに全然ついていけていないのだ。
思えば数年前にボソッと口にした「なんかハロウィンのほうが全体的に盛り上がってる感じせえへん?」という発言あたりから徐々におかしくなったような気がする、とトナカイは考えていた。
ただサンタさんが塞ぎ込むのも無理はない。ここ最近のクリスマスイブは厄日と重なったのかと疑うほど、様々なトラブルが起こったからだ。
一昔前は煙突から入ってプレゼントを枕元に置いてこっそり帰る、というのが普通だったのに、コロナ以降はマスクの着用、検温、アルコール消毒、そしてPCR検査の陰性証明を提示してご家族の了承を得てからようやく家に入れるというシステムになった。感染対策が徹底されているお家では足の裏まで消毒させられて「ワシら一体何のために来てるんやろな?」とトナカイの耳元でサンタさんが呟いたこともあった。
サンタさんがマスクをつけるときは、お察しの通りあの白いヒゲを全てマスク内に収納しなくてはならない。大きめのマスクにあの量のヒゲを収めた状態で「ハッピーメリークリスマス」と言うのは至難のわざで、基本何を言っているか分からなかった。一度、寝ている子供の枕元でヒゲが喉にひっかかって、むせてしまったとき、「コロナが子供にうつったらどうするんだ! 出ていけ!」と親に怒鳴られ追い出されたこともあった。
「それもこれも全てコロナが悪い、で合うてるよな?」と、ソリの上でトナカイに涙声で訊ねたこともあった。
一昨年はそんなソリの上でも事件が起きた。
「外ではマスク外せって政府も言うてるし」とマスクなしでソリに乗っていたのが災いしたのか、小型のドローンがサンタさんの顔面に直撃したのだ。また不運にもドローンのプロペラがヒゲに引っかかっり、ヒゲは抜けるわ血は出るわでエライことになった。「ワシを狙ったテロに違いない!」とドローンのことをあまりよく知らないサンタさんは泣きわめいたが、その姿は時代に取り残された哀れな老人にしか見えず、トナカイは悲しくなったものだった。
どうやらそのドローンもYouTuberが意図的に飛ばして撮影したものだったらしく、その映像がネット上で拡散され、サンタさんの恥ずかしい映像が全世界に発信されてしまった。コメントもサンタさんを擁護する声は意外に少なく、「マスクをしていない」だの「空からコロナをばら撒くな」だの「鈴の音がうるさい」だの「プレゼントもちゃんと消毒しろ」だの、ネガティブな意見が多く寄せられていた。
そんなサンタさんもどこで知識を得たのか「俺がYouTubeやったらおもろいんちゃう?」と突然言い出し、企画や編集などは全てトナカイ任せの公式YouTubeチャンネル『オフシーズンのサンタちゃんネル!』を立ち上げた。しかしチャンネル登録者数は11月末時点で822人と伸び悩んでおり、過去の動画内でサンタさんが無意識に発した「女の子だから赤かピンクやな」と言う発言が切り取られ、「女性を馬鹿にしている」「前時代的思考だ」と非難されその動画が炎上してしまうなど、正直サンタさんが思うような評価は得られなかった。
引退という文字がサンタさんの頭に浮かんでいるようにトナカイは思っていた。YouTubeの撮影で訪れた京都の茶屋でもこのような発言をしている。
「俺もうずっとこんなんがええねん。松尾芭蕉みたいな暮らしがしたいねん」
バラエティ番組のようなYouTubeを目指しているので編集で笑い声を足したが、トナカイはこのシーンを何度も何度も見てしまっていた。サンタさんの目に涙が浮かんでいたからだ。
インターホンを鳴らしドアを開けたご家族の方に「なんだ。UberEatsかと思ったのに」と言われたときも笑顔で「僕がウーバーやれば結構儲かりそうですね、メリークリスマス」と言っていた。精一杯プライドを捨てて応対したのだろうなと傍でトナカイは感じていた。この日も浴びるようにウォッカを飲んで泣いていたサンタさん。
今年は去年以上に腰が重いサンタさん。
「誰も俺のことなんてなんとも思てへんやろ」
「そんなん言うてんと、そろそろ準備しましょうよ」
「もうええやん、しんどいって」
「…何を言うてるんですか。暗い世界で明るい未来を照らすために、あなたの存在そのものが役に立つんじゃないですか。グチグチ言うてんと服着てください。行きますよ!」
「…なんか、それ、むかし俺がお前に言うたやつちゃうんか?」
「知らん知らん」
そう言いながらも赤鼻のトナカイは覚えてくれていたのが嬉しくて、サンタさんに隠れてこっそり涙を拭いた。

「…メリークリスマス」
「…メリークリスマス」

どちらからともなく言った。
「なんや急に」
「あなたが言ったからでしょう」
「いやお前から言うたんや」

どっちでもええわ、のサンタさんの言葉を最後に重い腰を上げ今年も準備に取り掛かった。
ふたりがそろそろ町にやって来そうです。

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