モノ好キ 読ミモノ

Literature

昔話のような

むかしむかし、あるところにおじいさんとおばあさんがいました。
おじいさんは山にしばかれに、おばあさんは川に選択を迫られに行きました。

おばあさんが川で選択を迫られていると、川上から、どんぶらこ〜どんぶらこ〜と、おおきな桃が流れてきました。
しかし、おばあさんは選択を迫られている大事な局面をむかえているため、おおきな桃に気付くことはありませんでした。
厳密に言うと、『おおきいなにかが川を通過した感じ』は感覚的に気付いていたかもしれませんが、優先順位として、まず選択を迫られているという事実が脳と心を支配していたため、それ以外のことはよくわかりませんでした。なので、気付いていたのかもしれませんが意識の中に入り込むということはありませんでした。
わかりやすく言うと、たとえば寝ているときにトイレに起きたとしましょう。翌朝、「夜中にトイレに起きて牛乳飲んでまた寝たよね?」と聞かれても、記憶として確かにあったかもしれないが、あまりよくわからないと言うのが正直なところでしょう。このときのおばあさんの感覚としてはそんな感じです。なので、おおきな桃が流れてきた、という不思議なことが起こっていたとしても、『選択を迫られている』『選択が差し迫っている』というある種、恐怖に近い感情がおばあさんの意識を支配していたので気付きませんでした、と言うのが正しい表現かもしれません。

おばあさんが迫られている選択については、詳しくはよくわかりません。ここに書いてもイマイチ理解が得られないことだと思います。黒色のバンから降りてきた二人組の男は高圧的におばあさんに問いただしました。迫られている選択の部分だけ言うと、『教える』か『教えない』かの二択でした。おばあさんの顔色から察するに、いずれの答えを選択しても何かよくないことが起こるような雰囲気、緊張感でした。おばあさんは冷や汗がダラダラ出ました。呼吸も荒く瞳孔も開いていました。二人組の男はじりじりと選択を迫りました。

一方その頃、おじいさんは山でしばかれていました。中国語を操る三人の男にぼこぼこにしばかれていました。おじいさんが「もう堪忍してくれ」と絞り出すような声で伝えても、三人の男は日本語が理解できないのか、その手を止めません。
「鬼や。やってること、ただの鬼やがな」
そう言ったあと、おじいさんは意識を失いました。

川下ではおおきな桃が割れてその中から乳児が現れました。乳児は桃の内壁を食べ、一人ですくすくと育ちました。
十五年の歳月が過ぎ、桃から生まれた乳児は立派な男性に成長しました。自然の中で誰にも頼らず育った男は、言葉は話せないものの、動物や植物の声を理解することはできるようでした。
男はいつも行動を共にする、犬、猿、キジを連れて森を出ました。
すると、一軒の民家が現れました。
腹をすかせた男は民家を襲いました。
「なんじゃぁっ! われ、誰じゃい!」
と、民家で寝ていた強面の中年の男が木刀を片手に反撃し、
「おい、ワシや! おそらく城島組のモンや! 寝込みを襲ってきよった! 直ぐ若い衆全員よこさんかい!」
と、どこかに電話をかけました。
数分後、若い衆が到着する頃には中年の男の息の根は止められていました。ケシの葉から製造する “団子” と呼ばれる資金源になるものはみな奪われていました。
「一体なにがあったんじゃ、兄貴!」
真っ先に駆けつけた角刈りの男は直ぐに中年の男を殺害した人物を探すように指示しました。
これをきっかけに城島組と八重樫組による三年に渡る泥沼の抗争が始まりました。結果、双方力尽き、城島組組長城島大吾、八重樫組組長八重樫晋作、ともに命を落とすという結末を迎えました。

街には平和が戻りました。
鉄道も繋がり、都心に続くベッドタウンとして街は急激に栄えました。
昔、この地で暴力団同士の血なまぐさい抗争が行われていたことなど、ほとんどの人がもう忘れてしまいました。
…ところで、民家で殺害された中年の男も抗争で命を落とした城島大吾も八重樫晋作もそれ以外にも数人、いや数十人には、顔面に複数の引っ掻き傷があり頸動脈を噛みちぎられキリのようなもので眼球をえぐり取られるという不可解な死の遂げ方という奇妙な共通点がありました。城島組も八重樫組も、お互いが敵に有能な暗殺者がいると思い込んでいたようです。ケシの葉が泣いていることを知った心優しい桃から生まれた青年が、獣達と結託して始末したという事実を知るものは誰もいませんでした。
あの時、おばあさんが『教えない』という選択をしていたらこの結末ではなかったかもしれません。

めでたしめでたし。

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