モノ好キ 読ミモノ

Literature

銀座の女

銀座駅から程近いアパートの一室で私は生まれた。
銀座で産声を上げ、銀座で育ち、実家は銀座、故郷は銀座。
銀座、銀座、私は銀座の女。
聞こえは良いけれど、みんなが想像するような人生は歩んでいない。
父は酒浸り、母はギャンブル狂、兄はポテトチップス依存症、絵に描いたように不幸な家庭。
小中高とイジメを受けた。
私が近づけば、犬は牙を剥き、猫は威嚇し爪を立てる、そんな毎日。
友達も恋人も無縁な人生。
死にたいと何度思ったことか。
それでも私は銀座の女。
昨日も今日も私は銀座に立っている。
銀座で生きている。
そう、私は銀座の女。

たまに銀座以外の場所に行こうものなら大変。
動悸がするの、銀座じゃないから。
銀座以外の場所だと胸が苦しくなって呼吸が浅くなる。
そう、私は銀座でしか生きられない女。
有楽町は平気、ほぼ銀座だから。
日比谷の方はダメね、銀座じゃないから。
銀座か銀座じゃないかの判断は割と曖昧みたい、動悸がするかしないかで決めている。
最近は東銀座のあたりに行くと一番落ち着く。
逆に東銀座くらいのほうがしっくり来る時期みたい。
じゃあ東銀座の女じゃないかって?
違う。私は、銀座の女。
星座を聞かれたら銀座と答え、場をしらけさせるのはお手のもの。
コミュニケーション能力が乏しい銀座の女。
全身ユニクロを身にまとった銀座の女。
休みの日は一日中部屋でゲーム。
銀座のイメージとかけ離れた存在、それでも私は歴とした銀座の女なの。

「コンコン」
朝早くに突然訪れた男達が銀座の女に一枚の紙を見せて手錠をかけた。
銀座の女は輸送され、銀座とは縁もゆかりもない見知らぬ土地で罪を償っていた。

数年後、銀座の女が刑務所内で作った布製の小銭入れを持った女が地方から上京してきた。
「んだっぺ、私だって、顔はええんで。見とけよ、銀座でナンバーワンさなって、よしおのことさ見返してやっからな」
赤いドレスに身を包んだ女は、言葉通り銀座のナンバーワンホステスになり毎晩男達を魅了した。
赤いドレスに身を包んだ女は、ショーウィンドウに映る自分の姿を見て呟いた。「私がなりだがったんは、こんな女でええんだな? こんな銀座の女でええんだな?」
うつむき、一粒の涙を流した。
ふいに視線を感じて顔を上げた。
目の前にはよしおがいた。
「早希!なにしてるっぺか?そんなん早希じゃねえ!おめえ、故郷さ捨ででこんな汚ねえ街でなに情けねえことしてんだ?はよ、帰ってこい。おら、おめえがいねえと仕事も手につかねえ、飯も食えねえ、このまんまじゃ死んじまうでな。頼む、早希、故郷さ戻ってくんろ」
赤いドレスに身を包んだ女は嗚咽しながらよしおに抱きついた。
二人は熱烈なキスをした。
その瞬間、空から雪が降ってきた。
街行く人達が二人を祝福した。
仕事に追われたサラリーマンも、意識高い系のショップ店員も、ストロング缶片手に道端で横たわっていた熟年の男も、スロットで二万負けた熟年の女も、ポテトチップス片手に歩いていた中年男性も、みんなみんな、足を止めて二人を祝福した。

明日、刑期を終え笠松刑務所から銀座に戻ってくる女を出迎えるものは一人もいない。

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